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インクライン&琵琶湖疎水 18年7月8日 今年53日目の山

山酔日曜会7名☆


平成に入って初めての大豪雨、関西でもいつ止むか分からず4日間降り続け、鉄道も麻痺し帰宅困難に陥る
中止になりかねないお天気だったが、何とか雨は上がり集合場所に行ったが、参加者はリーダー含め7名だ

以前から気になってた蹴上インクラインと琵琶湖疎水を結ぶルート
KEIHAN京阪電車の出しているウォーキングマップを元に歩きます
このHPは琵琶湖疎水ウォーキングガイドのHPを参照にさせて貰う

おなじみの京都トレイル第二区間、ここのトンネルの名前、扁額は由緒ありそうな文字だが意味不明だ
実は、このトンネルの上は蹴上インクラインが通って、重い物をぶ為にトンネルの耐久性を高くしなけ
ればならなかったので、トンネルの壁がねじれている。ねじれたまんぽ(鉄道の下をくぐるトンネル)
という意味で「ねじりまんぽ」と呼ばれているらしい

インクラインは傾斜鉄道とも呼ばれ、運河や山腹など、傾斜となった路面で貨物を運搬するためのレールや機械を指す

向かいには疏水記念館(入場無料)以前ビデオを見て勉強になった・・・南禅寺船溜(看板より)

観光客は南禅寺の疏水からインクラインだけ歩く人がほとんどみたいだ

さぁいよいよ、ここからのスタートで〜す・・・ウキウキしますが、湿度マックスで何ともやりきれない

ガマ・・・何となく懐かしい

この看板の断面図は綺麗で分かり易いが、東西が逆で頭の切替えが必要・・・起点が琵琶湖だから?
今回は長い文章になり私の都合上京都市、水道局の案内板&京都市上下水道局パンフレットから転載

桜のシーズンはさぞかし良いロケーションだろうと狙っているが、人出の多さを考えると未だ実現出来てない

この桜も古木だ


やはり、看板にも「ねじりまんぽ」と掲げてある

疎水分先線口(看板より)

歩いて来た道、振り返るとかなりの傾斜があます

蹴上インクラインから疎水沿いを歩くコースは、第三トンネル入口(東口)まで大きく迂回

志賀と京都結ぶ道路で車量が多くうっとおしい(ここ回避するルート無いの?)

京都市上下水道局の新山科浄水場日ノ岡取水池・・ツツジの頃はお見事とKobaちゃん

明治の頃の物だろう「車石」こんな綺麗な形で残っていた

やっと煩くうっとおしい国道から離れ疎水沿い・・・日本最初の鉄筋コンクリート橋

ネジバナの時期なんですね、後々ずーと現れる

日本最初の鉄筋コンクリート橋から見た第三トンネルトンネル入口(東口)・・・紅葉の時期来たいな〜〜 第三トンネルトンネル入口(東口)洞門の扁額には、内閣総理大臣を2度務めた「松方正義」筆の「過雨看松色(かうしょうしょくをみる)」という文字が刻まれています。「過雨看松色」は、「時雨が過ぎるといちだんと鮮やかな松の緑をみることができる」という意味だそう。今日みたいな日だ!(出典:京都市水道局HP)

ここは疎水沿いを歩ける

第ニトンネル出口(第ニトンネル西口)、遠くからズームインして撮っておいて正解!!

第ニトンネル出口(第ニトンネル西口)は、坂道の上りの途中から見る形になるので、角度がり少し見え難い
洞門の扁額には、西郷従道(さいごうじゅうどう)筆の「隨山到水源(やまにしたが水源に至る)

西郷従道は、西郷隆盛の弟で、明治政府で要職を歴任しました。内閣総理大臣の候補に再三推されたが、西南戦争で賊軍の将となった兄を理由に断り続けたそうです。扁額の「隨山到水源」は、「山に沿って行くと水源にたどりつく」という意味だそうです。(出典:京都市水道局ホームページ)

ここ入り、第二トンネル入口(東口)へ・・・

第二トンネル入口(東口)、出口は立派な煉瓦造りだったが何の変哲もない

第ニトンネル入口の洞門の扁額は、内務大臣など明治政府の要職を歴任した「井上馨」筆の「仁似山悦智為水歓歡(じんはやまをもってよろこびちはみずをもってなるをよろこぶ)」という文字が刻まれています。「仁似山悦智為水歓歡」は、「仁者は知識を尊び、知者は水の流れをみて心の糧とする」という意味だそうです。
(出典:京都市水道局の案内板)

赤い橋が緑に映え、どんな橋なのかウキウキするが・・・

朱塗りの「正嫡橋」・・・寄り道して本圀寺へ

「本圀寺」の「圀」は、徳川光圀が生母の追善供養を行ったことから、名から一字下されたものです。加藤清正の菩提寺であり、境内には清正が寄進した勝運・開運にあやかれる「開運門(現在の門は2代目)」や、廟所の「清正宮」などがあります。昭和46年(1971年)に現在地に移ってきました。日蓮宗の威容を誇る境内は、自由に拝観できます:琵琶湖疎水ウォーキングガイドより引用

喉を潤す為少し休憩・・・Mineは亀になってお休みします

蒸し暑いけど影があるので、見た目は快適なロケーション

ボチボチHomeのTop写真リメイクしようか

綺麗なベンチ探し、lunchtimeとしましょう〜〜音羽山?眺めながらです

山科まで来ました★疎水の下を川が流れてます・・・2013年10月26日ここ歩いています

ここから先は未知の世界で楽しみです
全体図です

山科までの前半

琵琶湖までの後半

ハクセキレイ?か、水辺遊びに来て、飛ぶと白い羽が綺麗ですが、捉えるのに失敗

今度はセグロセキレイ?か飛ぶ準備

飛んだ!!

諸羽トンネル出口(西口)は、安朱東海道町の住宅が点在する場所にあります。アユ釣り人の竿が邪魔です。
昭和45年(1970年)に完成した諸羽トンネルには、入口・出口ともに扁額は付けられていません。諸羽トンネル以外の第1疏水にある3つのトンネルの6つの洞門(出口・入口)は、国の史跡に指定されています。

第二疎水は地上からは殆んど見えませんが、蹴上げの第一疎水との合流点で見る事が可能(看板写真↑↑です

このアーチ状のコンクリート製の構造物は、疏水の建設や維持管理に従事していた
作業員が当時最新の建設技術であった鉄筋コンクリートを用いた建設技術を習得する為
琵琶湖第ニ疏水の埋め立てトンネル上部の複製を製作したものだといわれています。
(出典:山科区役所看板)

ヨウシュヤマゴボウは秋に良く撮ったが、花は意識した事無く初撮影
諸羽トンネル入口(東口)

明治23年に竣工した琵琶湖第一疎水には、大津第一トンネル東口から蹴上インクラインに至る間、四宮、諸羽
御陵、日ノ岡、蹴上の5箇所の船溜(ふなだまり)が設けられました。船溜は水路の幅を広げて船を繋げ留
めるものもので、疏水を上り下りする途中で船を繋ぎ荷物の荷降ろしや船頭たちの休憩場所として使われてた
当時疏水路は四宮から安朱まで山すそに沿って流れており、水路の広くなったこの四宮船溜も、明治〜大正に
かけて荷降ろしなどに利用された。
昭和に入り、日本国有鉄道(国鉄)が、京都〜草津館の運送力の増強や湖西線の新設の為、疏水路の近く軌道
の増設を計画。疏水路と軌道が接近して危険な状態になる、四宮から安朱までの区間約800mの水路をトンネ
ル構造に変更し、昭和45年に諸羽トンネル(520m)が完成。ここの説明文&写真は大苦労で、上出来です


桜と紅葉が交互に植わり紅葉時期には良いだろうな〜

遮断ゲートです・・・いざの災害の時、降ろされるのかな

やっと第一トンネル出口(西口)です

「第1トンネル西口」洞門の扁額には、陸軍軍人として内閣総理大臣を2度務めた「山縣有朋」筆の「廓其有容(かくとしてそれいるることあり)」という文字が刻まれています。「廓其有容」は、「疏水をたたえる大地は、奥深くひろびろとしている」という意味だそうです。(出典:京都市水道局の案内板)疏水の水が流れている所とコースとは段差があるので、トンネルや扁額は少し見えにくい(疎水ウォーキングガイドより引用

ギリギリの場所でも撮りましょう!!

やっ〜とローソン藤尾小金塚店で〜す

暑いのでこれでしばし涼を過ごしましょう〜〜店内に休憩場所あるが、出られなくなるので歩きながら・・

小関峠を越え第一トンネル入口目指します。第一トンネルは長等山(標高354m)をトンネルで抜けます。
その長さは、2,436mで、当時は完成を危ぶむ人が多い難工事だったそうです

坂道を上がっていくと、第1竪坑(シャフト)に着きます。第1トンネルの工事は、山の両側から掘っていくほかに、山の上から垂直に穴を掘り、そこから山の両側に向けて工事を進めていく竪坑(シャフト)方式が日本で初めて採用されました。(出典:京都市上下水道局パンフレット琵琶湖疏水)第1トンネルの掘削はほとんど人力により行われ、新型のポンプを次々に導入して湧水を克服し明治22年に貫通し、翌年に完成しました

小関峠からやっと下りで園城寺(三井寺)到着

やっとハイライトの第一トンネル入口(東口)&疏水スタート地点だウキウキ!!ドキドキ♪♪

真横から見た第一トンネル入口は迫力あり!!降りて行きます

ずーと先の鹿関橋(かせきばし)から長〜い大津運河の先に第一トンネル

ではアップで迫りましょう〜〜

第一トンネル入口洞門の扁額には、初代内閣総理大臣の「伊藤博文」筆の氣象萬千(きしょうばんせん)という文字が刻まれています。「氣象萬千」は、千変万化する氣象と風景の変化はすばらしいという意味です。宋・岳陽樓記の一節だそうです。
さらに、扁額の上部には゛SAKURO TANABE DR ENG ENGINEER-IN-CHIEF WORK COMMENCED AUGUST  1885 COMPLETED APRIL 1890゛の文字が刻まれています。和訳は、「主任技師の田邉朔朗(たなべ さくろう)工学博士によって、1885年8月〜1890年4月の工事で完成したものである。」です。(出典:京都市水道局の案内板)

大津運河をどんどん下ると・・・・

北国橋からは、大津閘門が見えます

大津閘門は、明治20年に起工され、明治22年に完成。閘門主要部の構造は煉瓦造りで
南側に船を通行させる水門が設けられ、北側には堰門(制水門)が設けられています。
(出典:滋賀県文化財保護協会)
「大津閘門」は、現在も動かせる日本人だけで作った最古の閘門で、明治23年
通水式には、明治天皇も出席されました。


琵琶湖第ニ疎水取水口

新三保ヶ崎橋にある、琵琶湖第一疎水場水機場
堆積した土砂が運河をふさいでしまわないように、大津運河や第1トンネルの掘削の岩屑や土砂を利用して湖面を埋め立てて造られました。この両側の突堤は、「京都築地」と名付けられ、舟の荷物の上げ下ろしや乗客の乗り降りにも使われていました。

2階建ての白い洋館の「琵琶湖第一疏水揚水機場」

日曜日なので大勢の人出

温泉入る為の時間潰しでぼ〜と、琵琶湖眺め休憩か?

中々の絶景ですね

琵琶湖ミシガン号が帰って来た〜京阪濱大津から山科まで帰りJR乗換え大阪下車、東北山旅の山用品買い足し
新しく買い換えたパソにインストール中で、温泉&反省会は残念ながらパス・・・お付き合い悪く<(_ _)>です

コースタイム

立花8:02=8:14大阪=8:50山科9:02=9:11東山9:33=(都合上集合場所より引返す)=9:35蹴上9:40-9:47南禅寺船溜-10:07疎水分先線口-10:36第三トンネルトンネル入口(東口)-10:43第ニトンネル出口(西口)-10:52第二トンネル入口(東口)-11:00本圀寺11:07-11:30lunchtime12:00-12:16諸羽トンネル出口(西口)-12:35諸羽トンネル出口(西口)-12:48遮断ゲート-第一12:52トンネル出口(西口)12:52ローソン-13:14第1竪坑-13:48園城寺(三井寺)-13:57第一トンネル入口-14:00鹿関橋-14:02北国橋-14:20琵琶湖第ニ疎水取水口-14:23琵琶湖第一疎水場水機場-14:34琵琶湖眺め休憩-15:00京阪濱大津10=15:23山科33=16:15大阪(買い物)16:53=17:05立花

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